Intelの隆盛

Intelの隆盛

初期CPUから現代の苦境まで

発表者: 梶原 睦

日付: 2025-08-26

梶原 睦
Intelの隆盛

アジェンダ

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今日のアジェンダ

  1. Intel創業と初期CPU時代
  2. x86アーキテクチャの誕生
  3. PC市場への参入
  4. Wintel帝国の形成
  5. インターネット時代の覇権
  6. モバイル時代の失敗
  7. 現代の苦境と課題
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Intel創業と初期CPU時代

(1968年〜1978年)

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Intel創業時の基本データ

創業日: 1968年7月18日
創業者: ロバート・ノイス、ゴードン・ムーア
初期資本: $250万(現在価値約$2000万)
従業員数: 12名

初期事業

  • メモリチップ(DRAM、SRAM)
  • 計算機用論理回路
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4004 - 世界初の商用CPU

開発経緯

  • 発注元: 日本のビジコン社(電卓用)
  • 開発期間: 1969-1971年
  • 主任設計者: テッド・ホフ、フェデリコ・ファジン

技術仕様

  • プロセスサイズ: 10μm
  • トランジスタ数: 2,300個
  • クロック周波数: 740kHz
  • 価格: $200(現在価値約$1,400)
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初期CPUの採用事例

CPU 発売年 主要採用製品 販売価格 用途
4004 1971 ビジコン電卓 $200 計算機
8008 1972 データターミナル $120 通信機器
8080 1974 Altair 8800 $360 初期PC
8086 1978 IBM PC $360 パーソナルコンピュータ
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x86アーキテクチャの誕生

(1978年〜1985年)

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x86の名前の由来と技術的背景

なぜ「x86」という名前なのか

  • 8086: 16ビットCPU(1978年)
  • 80186: 組み込み向け強化版
  • 80286: メモリ管理機能追加
  • 80386: 32ビット化実現

Windowsに「x86」が残る理由

  • DOS/Windowsが8086互換で開発
  • 下位互換性維持のため命名継続
  • 現在でも「Program Files (x86)」として残存
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8086の技術的革新

アーキテクチャ: 16ビット(内部・外部共)
メモリ空間: 1MB(20ビットアドレス)
レジスタ: 14個の16ビットレジスタ
クロック: 5-10MHz

革新的特徴

  • セグメント方式メモリ管理
  • 8080からの部分互換性
  • マルチプロセッシング対応
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IBM PCとの運命的な出会い

IBM PC選定過程(1980年)

  • プロジェクト名: チェス・プロジェクト
  • 開発期間: わずか12ヶ月
  • CPU候補: Intel 8088, Motorola 68000

Intel 8088採用の決定要因

  • 価格: $100(68000は$500)
  • 既存ソフト: 8ビット時代の資産活用
  • 供給能力: 量産体制の確実性
  • IBM方針: コスト重視の戦略
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PC市場への参入

(1981年〜1990年)

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IBM PC市場の急成長

IBM PC発売: 1981年8月12日
初年度販売: 13.5万台
3年後(1984年): 年間200万台
市場価格: $1,565(本体のみ)

Intelの恩恵

  • CPU単価: $100-200
  • 年間出荷量: 1981年50万個→1985年500万個
  • 売上高: 1981年$1.9億→1985年$13億
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PC互換機市場の勃興

IBM PC互換機メーカー

  • Compaq: 1982年設立
  • Dell: 1984年設立
  • AST: 1980年設立
  • Gateway: 1985年設立

Intel戦略の転換

  • OEMメーカーとの直接取引
  • 技術サポート強化
  • 互換CPU対策の開始

市場への影響

  • CPU需要の爆発的拡大
  • 競合他社(AMD等)の参入
  • 価格競争の始まり
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x86 CPU進化の加速

CPU ビット クロック 主要な改良点
8088 1979 16 4.77MHz IBM PC採用
80286 1982 16 6-25MHz 保護モード
80386 1985 32 16-40MHz 32ビット化
80486 1989 32 25-100MHz 内蔵FPU
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Wintel帝国の形成

(1990年〜2000年)

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Wintel市場支配の確立

Windows 3.1発売: 1992年
年間PC出荷: 1990年880万台→2000年1.35億台
Intel市場シェア: x86市場の80%以上

収益構造の変化

  • 1990年売上: $38億(メモリ$21億、CPU$17億)
  • 2000年売上: $337億(CPU$245億、メモリ$32億)
  • 営業利益率: 1990年17%→2000年31%
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Pentiumブランド戦略の成功

ブランド名変更の背景

  • 数字(80586)は商標登録不可
  • AMD等の互換CPU対策
  • 消費者向けマーケティング強化

Pentium (P5) の技術革新

  • スーパースカラ: 複数命令同時実行
  • 分岐予測: プログラムの流れを予測
  • 64ビットデータバス: データ転送高速化
  • クロック: 60-200MHz
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「Intel Inside」キャンペーンの威力

マーケティング戦略

  • 開始年: 1991年
  • 予算: 年間$1億以上
  • 対象: 一般消費者(BtoC戦略)

効果測定

  • ブランド認知度: 1990年20%→1995年80%
  • プレミアム価格: 互換CPU比20-40%高
  • OEMパートナー: 広告費の50%負担
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Wintel帝国の戦略的優位

技術的優位

  • x86互換性による既存ソフト資産活用
  • 継続的な性能向上(ムーアの法則)
  • 製造技術の世界最先端維持

ビジネス的優位

  • Microsoft OSとの排他的関係
  • OEMメーカーとの強固なパートナーシップ
  • 圧倒的な研究開発投資(売上の15%)

市場支配力

  • デファクトスタンダード確立
  • 競合他社への技術的圧力
  • 価格決定権の掌握
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インターネット時代の覇権

(2000年〜2007年)

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サーバー市場進出の成功

Pentium Pro発売: 1995年
Xeon初代発売: 1998年
2005年時点シェア: x86サーバー市場95%

収益構造の変化

  • サーバーCPU単価: $1,000-5,000
  • デスクトップ単価: $100-500
  • 2005年サーバー事業売上: $80億
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Core アーキテクチャの革命

開発背景

  • Pentium 4の限界: 消費電力とクロック競争
  • イスラエルチーム: モバイル向け設計の転用
  • 2006年Core 2 Duo: デスクトップに展開

技術的ブレイクスルー

  • マルチコア設計: デュアルコア標準化
  • 低消費電力: Pentium 4比50%削減
  • 高IPC: 命令実行効率の劇的向上
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Intel vs AMD の激烈な競争

Intel主力CPU AMD主力CPU 市場動向
2003 Pentium 4 Athlon 64 AMD初のリード
2006 Core 2 Duo Athlon 64 X2 Intel反撃開始
2007 Core 2 Quad Phenom Intel優位確立

AMD脅威の実態

  • 2005年市場シェア: AMD 21% vs Intel 79%
  • サーバー市場: AMD 26%まで上昇
  • 技術的優位: 64ビット化でAMDが先行
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モバイル時代の失敗

(2007年〜2015年)

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スマートフォン市場の見誤り

iPhone発売: 2007年6月29日
Android発表: 2007年11月5日
Intel初のスマホCPU: 2012年(5年の遅れ)

市場規模の推移

  • 2007年: スマホ出荷1.2億台、PC出荷2.7億台
  • 2015年: スマホ出荷14億台、PC出荷2.9億台
  • Intel スマホ市場シェア: 1%未満
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ARM vs x86 アーキテクチャ戦争

ARM優位性

  • 消費電力: x86の1/5-1/10
  • バッテリー寿命: 10-20時間可能
  • 発熱量: ファンレス設計対応
  • コスト: $10-50(Intel $100-300)

Intel x86課題

  • レガシー互換性: モバイルで不要
  • 命令セット: 複雑で電力効率悪い
  • 製造コスト: 高度な製造技術要求

結果

  • ARM系SoC: スマホ・タブレット市場独占
  • Intel: モバイル市場からの事実上の撤退
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タブレット・ウルトラブック戦略の失敗

Intel戦略

  • 2011年: Ultrabook推進
  • 補助金: OEMに1台あたり$50-100提供
  • 目標: タブレット市場50%シェア

市場の反応

  • Ultrabook: 高価格で市場受容低迷
  • Windows タブレット: iPad、Android に完敗
  • 開発費: 年間$30-50億の巨額投資

撤退の決断

  • 2016年: スマートフォン事業撤退発表
  • 累積損失: 推定$100-150億
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現代の苦境と課題

(2015年〜現在)

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PC市場の構造的衰退

PC出荷台数推移

  • 2011年: 3.65億台(ピーク)
  • 2023年: 2.42億台(34%減)
  • 年平均減少率: 3.2%

Intel売上への影響

  • 2011年売上: $540億
  • 2023年売上: $630億(微増のみ)
  • PC向けCPU: 売上の50%→35%に縮小
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現在のIntelが直面する課題

技術的課題

  • プロセス微細化: TSMCに製造技術で後塵
  • AI/GPU: NVIDIAにAI市場で完敗
  • アーキテクチャ: ARM系の効率性に劣勢

市場的課題

  • PC市場縮小: 主力市場の構造的衰退
  • スマホ市場: 参入機会を完全に逸失
  • データセンター: AMD、NVIDIAの攻勢

競争環境の変化

  • Apple Silicon: 自社CPU開発で脱Intel
  • クラウド: Google、Amazon の独自チップ
  • 中国市場: 地政学リスクによる制約
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データセンター・AI市場での苦戦

NVIDIA の AI市場支配

  • 2023年AI GPU市場シェア: NVIDIA 95%、Intel 2%
  • 株式時価総額: NVIDIA $1.7兆、Intel $1300億
  • 売上成長率: NVIDIA +126%、Intel -20%

Intelの対応戦略

  • GPU事業: Arc グラフィックス投入(2022年)
  • AI専用チップ: Habana Labs買収(2019年$20億)
  • 製造技術: $200億でファブ建設計画
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復活への道筋と展望

短期戦略(1-3年)

  • PC CPU: 12-13世代での競争力回復
  • サーバー市場: Xeon 4世代でシェア防衛
  • 製造技術: Intel 4プロセス量産開始

中長期戦略(3-10年)

  • ファウンドリ事業: TSMC対抗の受託製造
  • 新規分野: 自動車、IoT、エッジAI市場
  • パートナーシップ: 政府支援による競争力強化

成功の条件

  • 技術革新による差別化
  • 新市場での早期参入
  • アジリティのある組織変革
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まとめ:Intel の教訓

技術革新とビジネス戦略の調和

  • 栄光の時代: x86互換性とWintel戦略の成功
  • 転換点の見誤り: モバイル時代への対応遅れ
  • 現在の課題: 新たなパラダイムへの適応

学ぶべき教訓

技術優位だけでなく、市場環境の変化を読み取る戦略的視点の重要性

発表者: 梶原 睦

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スピーカーノート: - 10分のプレゼンテーション - Intelの歴史を通じて半導体産業の発展を理解 - ビジネステーマで数値とファクトを重視した構成 - x86アーキテクチャの起源から現代の課題まで解像度を上げる

スピーカーノート: - 各セクション約1-1.5分の配分 - 技術革新とビジネス戦略の両面から分析 - Intelの栄光と挫折の歴史を時系列で追う

スピーカーノート: - フェアチャイルドセミコンダクターから独立 - 「集積回路の発明者」ノイスの威信で資金調達成功 - メモリ事業が当初の主力事業 - CPUは「副産物」として開発開始

スピーカーノート: - 電卓専用チップを汎用プロセッサとして設計 - この判断が後のCPU市場創出につながる - ビジコンとの契約交渉で汎用販売権を獲得

スピーカーノート: - 4004は電卓以外の用途も開拓 - 8080がAltair 8800に採用されPCの基礎を築く - この時期はCPUの用途拡大期 - 価格は現在の感覚では非常に高額

スピーカーノート: - x86は「8086系列」を意味する略称 - IBMがPC開発時に8086系を採用したのが運命の分岐点 - 互換性維持がIntelの戦略的優位の源泉となる

スピーカーノート: - 8080の8ビットから16ビットへの飛躍 - セグメント方式により1MBの大容量メモリをアクセス可能 - この拡張性設計が後の成功の基盤

スピーカーノート: - 技術的には68000が優秀だった - しかしIBMはコスト重視の判断 - この選択が後の「Wintel」帝国の基礎となる - CPUの優劣よりもビジネス判断が重要だった例

スピーカーノート: - IBM PCの成功がIntelの成長を牽引 - CPUがコンピュータの中核部品として認知 - この時期にIntelのCPU事業が主力事業化

スピーカーノート: - IBM PC互換機市場の拡大がIntelに巨大な機会を提供 - 同時に競合他社も互換CPUで参入 - Intelは技術革新での差別化戦略を開始

スピーカーノート: - 80286で保護モードによりマルチタスクOS対応 - 80386で32ビット化により現代CPUの基礎確立 - 80486で浮動小数点演算器内蔵により高速化実現 - この時期の技術革新ペースは驚異的

スピーカーノート: - WindowsとIntelの相互依存関係確立 - この10年でIntelはメモリ会社からCPU会社に完全転換 - 収益性も劇的に改善、高収益体質確立

スピーカーノート: - 「Pentium」ブランドは画期的なマーケティング戦略 - 技術的にも大幅な性能向上を実現 - この戦略で一般消費者にもCPU性能が認知される

スピーカーノート: - 部品メーカーの消費者向けブランド化の先駆け - この戦略によりCPUが「商品選択基準」に - OEMメーカーも広告費負担でWin-Win構造

スピーカーノート: - この時期のIntelは技術・ビジネス・市場で三重の優位を確立 - 「Wintel」は単なる協力関係を超えた産業支配体制 - この支配力が2000年代の成功の基盤となる

スピーカーノート: - サーバー市場進出で単価大幅向上 - エンタープライズ市場でも x86 アーキテクチャが主流に - RISC系CPU(SPARC、PowerPC)からのシェア奪取

スピーカーノート: - Pentium 4の高クロック路線の行き詰まり - イスラエル開発チームの省電力設計が救世主に - この設計思想が現在まで継承される基礎となる

スピーカーノート: - 2003-2005年は「AMD の時代」と呼ばれる - 特にAthlon 64の64ビット化でIntelが劣勢 - Core 2アーキテクチャで形勢逆転を果たす

スピーカーノート: - スマートフォン市場の急成長を完全に見誤り - PCの延長線上の発想から脱却できず - ARM系プロセッサに市場を独占される

スピーカーノート: - モバイルでは性能よりも電力効率が最重要 - x86の複雑性がモバイル時代の足かせに - この判断ミスが現在の苦境の直接原因

スピーカーノート: - 巨額の補助金投入でもシェア獲得に失敗 - モバイル市場の特性を理解できない戦略 - この失敗で将来の成長機会を逸失

スピーカーノート: - PC市場の構造的縮小がIntelの成長を制約 - スマホ・タブレットがコンピューティングの主流に - 新たな成長領域の開拓が急務

スピーカーノート: - 複数の戦線で同時に劣勢に立たされる - 従来の独占的地位が根本から揺らぐ - パラダイム転換への対応が急務

スピーカーノート: - AIブームでNVIDIAが爆発的成長 - Intelは「CPUの会社」の枠を超えられず - 大型投資による巻き返しを図るが道のりは険しい

スピーカーノート: - 復活には長期的な取り組みが必要 - PC以外の成長分野での成功が必須 - 半導体産業の地政学的変化も追い風に

スピーカーノート: - Intelの歴史は技術とビジネスの両輪の重要性を示す - 成功体験が次の変化への対応を鈍らせる危険性 - 現在の苦境も、新たな成長への転換点となる可能性